感情にのまれて、どうしようもないとき

感情と共感

感情が大切だということを、ブログのテーマにもしていて、何度も書いてきました。

ただ、「ネガティブな感情」に自分が取り込まれて、どうしようもなく苦しいときってないですか?

うわ~~っと頭を抱えこみたくなって、顔を覆って嘆いてしまうような、目の前が塞がれて視界が狭くて閉ざされる感覚になり、耳も圧迫されて脳はじんじん、心臓だけがバクバクして呼吸が止まってしまいそうな感じ。

私は以前、しょっちゅうありました。

そんな日は、全身で負の感情を感じては頭でネガティブなイメージや想像をし続けるループにはまり込み、
文字通り一日なにも手につかず、ただ、心身症のように硬く閉じて苦しいものです。

「感情を感じる」ことって、実はこういうことになりがちなんです。

それを、今日からこんなふうに転換してもらいたいなと思うのですが、

何か、人に言われてイラっとした。
その「瞬間」に湧いた感情。その一次情報としての感情をまず拾います。

そして、味わいます。

「ああ、あの人にこう言われて、イラっとしたな」って。

そして、その苛立った感情に、そっかそっか、イラっとしたね、そうだね、無理ないよね、など受容していってあげる。

そして、その感情を自分から分離させて、離して観るような感覚を持ってみてください。

私の眼の前に、「苛立った」という感情が存在している、という感じ。

自分と一体化させない。
だって自分の感情=私 ではないのです。

そうやって、自分から湧いて出た感情をまずは感じて受け入れていく。
そして、それを自分から取り出して、近くに置いて観る。客体化する。

そして、それができるようになったら、「確かにイラついたんだけど、さっき私は何にこんなにイラついたんだろう」と問いを立ててほしんですね。

あの人のこの言葉にイラついた
あの人が言葉を発した時のあの態度にイラついた
さっきは私が話ができるタイミングが整っていなかったから
一方的に話されたから
私が関わる部分なのに、話し合って同意を得られなかったから

どこにあなたの苛立ちの原因があったのか。
詳細を探りあててほしいんです。

ここに、一番時間をかけて向き合う必要があります。
なぜなら、この詳細な部分に、あなたの心のこだわりが隠れているから。

「一方的に話された」からだったと分かったら、じゃあどう対応したらよかったのかなって、そういう発想に転換していってみる。

沸いた感情を「どうしたら自分を大切にできるのか」っていう、自分の心の未解消の課題が隠れている部屋のドアを開けるための、大事なカギとして扱っていってほしいのです。

ただ、

感情を解決のキーにできない時期は誰にでもぜったいにあります。だから、できないあなたが悪いわけでは全くないんです。むしろ、ここまでやらないといけない、まだできない!と発想して、自分を責めないでくださいね。

まずもって、感情に気付けたこと、そして、感情を感じられたこと
これこそが、最初の大きな大きな一歩なんですから。

もしその一歩ができるようになってきたら、その次に、

湧いた感情を感じて認めて、自分から「離す」

をやってみてほしいなと思います。

手放すんじゃないです。

物理的に、自分の頭や胸や、体のどこかから発生した感覚の感情を体から取り出して、目の前に置く感じ。

そして、それを客観的に観る。

「怒り」を観る。
「悲しみ」を観る。
「辛さ」を観る。

そうすると、だんだん体の反応が薄らいで、心がすーっと落ち着いていきます。
この落ち着いた感覚になったとき、自然に感情が手放されていくんです。

やってみると、次第に楽になっていく自分を実感できると思います。

これができるようになると、感情から脱出できずに飲まれたまま現実が停滞してしまう時間がどんどん短くなっていくし、起きた事柄に対して解決の方向に進んでいこうという気持ちに切り替わりが早くなっていくんです。

感情のイメージがつかみにくい場合は、「マイナス感情が湧いたときはこれ!」っていうアイテムを何か用意してカバンの中に入れておき、感情が湧いたときに目の前にポンと置く、といった実践もいいかなと思います。

感情の沼に取り込まれて苦しいとき、ぜひ試してみてくださいね。
やってみてどうだったか、感想をお聞かせいただけるとなお嬉しいです!



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