「時間がない」は思い込み

見えてくる世界

待ちに待った連休。私は1日から休みを取っているので、今日でもう3日目。
その日その日で楽しんだり気持ちを集中していたり、やりたいことをやっているつもりだけれど、時間は本当に速く過ぎていく。

今参加している英語の勉強会グループで、あるコーチが言っていた言葉を何度も何度も思い出す。

『時間がないは、思い込みです』と。

例えば小学生。午前の授業が終わり給食を食べ、食器をワゴンに片付けると残りの昼休みが15分しかなかろうが、校庭に走り出てドッチボールをする。
思いっきりやって、昼休みの終わりを告げるチャイムと共に、教室に駆け戻る。

私も確かにそんな過ごし方をしていたっけと思い出しては、ものすごく納得するのだ。

時間は未来から流れてくるということもあるように思う。
「これを目標にする」と決めて行動し始めると、そこに向かって時が流れ始めるような感覚を、誰もが持った経験があるように思う。

顕在意識で捉えていると、その目標の目的そのものの理由だって、本当は違う目的が心の奥底に潜んでいたりするから、時間も思考も、そんな世界の捉え方をしていれば、時間がないとか今年ももう〇月だとかもう〇〇歳だとか、そんな焦りはいらなくなっていくのかもしれない。

「いま」この瞬間の連続しかない。
いま、いま、いま。
生きているあいだ、果てない「いま」。
今の気持ちは今しかないし、今やっていることは、今だからこそ成し遂げられること。

外出から帰ってきたとき、玄関で「ただいま」という。
私はただ、今、ここにいますよ、という自己宣言なのかもしれない。

時間は、そのときに没頭したことをし終えたその満足感や、悲しみや辛さを感じて受け入れているその感情を、体でじっくり味わうためにあるんだと思う。

だから、もしあなたが、せっかくの連休なのに無為に過ごしているな…と思っていて、そんな自分はダメだなぁ~と思っていても、「ああ、なんか無駄に過ごしちゃってる感じがするなぁー」と感じ切ってしまえばOK。

そんな無駄と思える今に実感を持てたことは、
休みだからこそ、やっと感じられた「あなたの時間」なのかもしれない。
ふだんあまりにも忙しくて、今を感じている余裕がなかったと思うから。
だから無為そのものも、今しかない感情体験なのだから、じっくり味わってみてほしいなと思う。

そんなふうに自分を感じている時間は、もう永遠としか言いようがない。

子ども時代にしたドッチボールの15分間と同じように。

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