この世界は幻想なんだろうか

感情と共感

今日家族で夕飯を食べていて、こんな会話になった。

「人って、幼い頃の体験で、自分の潜在意識の中に刷り込まれた感情から「人生脚本」ていうのを創って、それどおりの人生を送ってるんだって。」(私)

へぇ~そうなの?そんなこと初めてきいた。(夫)

そうなんだって。(私)
だからね、いろんな大変なことあったりしたじゃない?自分は確かに悲劇のヒロインになってたところあったなぁって思うんだよね。でもそれって、潜在意識の中にそういう前提が創られてるってことだから、そういう感情を解放させて、死ぬときに、あぁ人生良かったな、って振り返りたい。(私)

へぇ~そんなこと思ったことないな。(夫)

〇さんだって死ぬとき良かったなって思いたくない?(私)

ん~なんにも考えないで寝るように死にたい。そのほうが怖くないから。(夫)

え~!じゃあ死ぬときに〇〇(私の名前)ありがとう~とか思わないかもなの??(私)

うーん。分かんない(夫)

私は実はこの4,5日間、愛着の問題を考えていた。
夫と情緒的な関わりが希薄なために、私がしばしば不安定になったり、ともかく寂しかったり、自己喪失に陥ったりすることがあった。

いわゆる「カサンドラ症候群」である。

夫は、夫もおそらく愛着に課題がある感じがするが、本人はまるで無自覚で、かつて、自分の気持ちに向き合うとかそういうことがまったくわからないと言った。

夫もおそらく愛着に、としたことは、私がそうだから。

両親から欲しかった愛が得られなかったが、
同じような結婚相手を選び、両親と同じような結婚生活を送る
これが人生脚本だったのかと。

愛着の問題や人生脚本の話は、もう10年以上前に分かっていた。

ただその頃は夫と子どもの問題のほうに意識が集中していたし、しばらくして母親が難病を発症してそのケアに心身を振り向けたりしたから、自分の心の問題は個人的にはずっと抱えていたけれど、対外的にはないものとしていて、私はいつも、内側と外側と分けて生きてきた。

それが昨年母親への罪悪感が外れたことに続き、今年に入って我慢も外せたことが大きな転機になった。

それから自分の内面の課題に集中することができるようになってきた。

今までは私が私に割り当てた分量はホールケーキの8分の1くらいだったところが、
今や感覚的に4分の3くらいに急上昇している。

正直に言って、もう20年も未解決なのだ。
全くの未解決ではないけれど、まだ解決していない感情の分量が多い。
そんなに長く悩んでるの?人生の最盛期をこんなふうに悩んで過ごしてきたの?と思う。

でもその感情は、夫への難しさに感謝がたくさん入っていて、
自分の心の奥底に取り残されている寂しかった感情を、
最後にどうしても救ってあげないと、迷い続けて前に進めないんだと分かってきた。

私は約20年間、アドラー心理学をベースにした心理学を学んだ。
現実に今、目の前に起きている問題を、どれだけ救われたか計り知れない。

だけどアドラーは、トラウマを扱わない。このことは、ずいぶんあとになってから分かった。
当初は、トラウマという概念すら知らなかった。
自分に何が起きているのか、全く分からないでカウンセリングを受けていた。

だからその心理学では、過去にどんな辛いことがあろうとも、「今の感情」を基準に、何を選択しどう意思決定するか?という行動に焦点を当てていく。

この「今の感情」っていうのが曲者なんだよね。

今、目の前の人がこういう言動を取ったから、カチンときたとする。
私は腹が立った。この感情を実感することが最も大事。
この感情を癒すために、どう行動するのか、という展開になっていくから。

だけど、この今湧いた感情って、相手の人がこう言ったからなの?
そこに本当に怒りを感じたの?
怒りとして表れているけれど、本当は、悲しい気持ちがあったんじゃないの?

実は後から自分の感情を見つめ直すと、そう感じる場面がしょっちゅうあった。
本当の感情を守ったり隠したりするために、違う見せ方をする感情が先に出てきているような気がしていた。

確かに、緊急を要するような場面では瞬時の感情はものすごく重要で必須な情報。
これに従って即動いていく必要がある。
例えば、DVとかいじめとかモラハラとか。

自分の感情の出所が、幼い頃に潜在意識下に押し込めた感情を刺激して湧いているとしたら、目の前の人は関係がないことになる。

だから夫に対して感じているマイナスの感情は、過去に誰かに感じてきた私の記憶の中の感情かもしれない。

そうは言っても、実体験があって、傷付いている。
潜在意識から作った人生脚本に私が書いたストーリーなのかもしれないけど、
その傷は、夫相手に受けた現実的な傷なのであって、やっぱり夫を見ると思い出してしまう。

だけど生活する中で、暖かさも安心感も感謝もなにもかもが存在し、感情はグラデーションでアンビバレントなのだ。

だから悩むんだけど、
夫は死に際に、私にありがとうと思うか分からないと言った。

もう、ショックなんてぶっ飛んで、そんなもんかーって感じた。

私だけなのか、相手は優しいけど自分は傷付いてるしとか思って感情が揺れているの。

そんなもんなんだな、と息子。

私が感情的に葛藤していること自体、人生脚本の幻想なのかと思った夜だった。


送信中です

×

※コメントは最大500文字、2回まで送信できます

送信中です送信しました!