実家のリビングの壁には、たくさんの絵画と写真が飾られていました。
父が母と旅行に行ったときに撮った写真と、仕事や旅で訪れた場所で父が買った油絵など。
すべて、父がカメラに収め、購入し、飾ったもの。
先月父の三回忌で、その前月だったか、母に言ったんですよね。
「お父さんがいたままの環境で生活し続けているよね」と。
母は別に、父を懐かしんでそのままにしていたわけではありません。
ただ、体が不自由で、好きなように片付けたり整理したりできないのはあるけれど、
「そう言われてみたら、確かにそうね。」と答えました。
自分が、好きでもないものに囲まれて暮らしてきたこと、父が亡くなった後も、そのままの延長で暮らし続けていること自体に気が付いていなかった自分に、ハッとしていました。
現実的には、体が不自由で大変な思いをして日常を営んでいます。
一人暮らしだから、食事のしたく、ゴミ出し、洗面所の掃除や庭のちょっとしたお手入れ、町内会の観覧板を回す、そんな生活のこまごましたことを自分でやらなくちゃ回らない。
父の存命中、いや、父と結婚した頃から、母はずっと一人で家のすべてをやってきたことではあるのですが。
一方で、父は自宅のあらゆる場所をお気に入りのもので自由に飾り、自分の世界観で埋める。
そんなことに母は不快感も感じず、そういうもんだろうと見過ごしてきたんじゃないかと思います。
体が不自由になったから、父の残した装飾品を取り外さなかったんじゃないんですよね。
とっくの昔に自分の快・不快に鈍感になったから、体が不自由になった。
現実を創り出した真実はこうでしょう。
母は、父が尊大な性格だったから、自分が相手に合わさざるを得なかったと結論づけていて、被害の立場を取っていますが、例えば、私も幼い頃から知っている近所の母の友人Fさんだったら、
きっと母と同じ「従属者」の立場は取らなかったでしょう。
反発したり、言い返したり。さもなくば離婚を選んだかもしれない。
だから人間関係は、お互いの関係性が作る。
母は母の選択をしただけ。父がどうだったかはあまり関係がない。
人間関係で、相手がこうだった、だから自分はこうなった、と「相手を主体」に思考し続けると、相手を見る分量が多くなって、自分の気持ちや体の感覚を知り、実感した上で自分で選んだり決めたりすることはできないのです。
このことを母に何度か話したけれど、母は感情的な実感として腑に落ちない様子。
だから私は母に快・不快の感覚を実感してもらおうと思い、
「壁から絵を外してみる?」と提案しました。
やってみて、と母が言ったので、10枚くらいの絵や写真を壁から無感情に外しました。
ささっと外し終えて、額縁の跡が残るクロスを見渡すと、色味や質がさまざま組み合わさって気が反らされるような空間が、スキっとした感覚に入れ替わった感じがしました。
母は私が帰ったあと、私の作業に謝意のLINEをくれ、
〇〇(=私)が取り外してくれて感じたことは、
毎日 見たくもない写真を、否応なく見せられていたことに気が付いたわ。
気分もとても爽快!
とメッセージを送ってきました。
やっと自分を「感じられた」母。
快・不快すら感じることを諦めてきた母。
そうやってひとつずつ小さな感覚を取り戻していったら、それに比例して、細胞や体の流れがよくなっていって、ある日、「あれ?なんか今日からだの調子がいいみたい。」となる日が来るんじゃないかな。
感情に鈍感になっていたけど、こんなふうに感覚から取り戻せるという実例を、自らが創り出したみたいです。


※コメントは最大500文字、2回まで送信できます