いま、英検の勉強を何年かぶりにやっていまして、
英検でもこのブログを書くのでも、行動フェーズで一つずつ越えていくというのを経験しています
行動と聞いてすぐ頭に巡るのは、運転免許を取ったときのこと
免許を取ったその日に箱根まで富士山を見に行ったのですが、車の運転が大好きになり、学生の頃は実家や友人の車を借りては遠いキャンパスまで車で通学し、友人を家まで送り届けたりしていました
授業の帰りにもときどき箱根のターンパイクに寄り、ワインディングロードをアウトインアウトで走ったりして、車の運転は楽しかったですね
結婚して真っ先に買ったのは、中古で探しに探したシトロエンの小型車・マニュアルミッション車でした
小さいボディにスポーティブなエンジンで、マニュアル車の楽しさが満載でした
その後、生活の形の変化に伴って何台か買い替えて乗ってきましたが、いつの間にか車を運転するのが嫌になってきて、しだいに運転席に座らなくなり、車を手放しました
地方に旅行に行ったときレンタカーをしても運転がちょっと怖くなっていて、自分のこの尻込み感、どうしちゃったんだろうと思ってきたんですね
なにか違う、こんなのイヤだ!と心の中では反発しながら
運転席に座るのが怖くなった
なんでだろう・・・運転しなくなった頃は家族でいろんな問題が起きていたことがあって、自分個人に起きていることを曖昧にし、考えることをしなかったのですが
思い返してみると、運転にまつわることで「嫌なこと」がたくさん起きたんですね
単純に自宅の車庫入れがめちゃくちゃ難しい条件とか
事故に遭ったとか(人身は大丈夫だったけれど)
買い替えのときに商談がおかしい方向に進んだとか
そして、こうして書いていて思ったのは、車を運転しなくなって、誰かが運転する車の助手席や後ろの座席に座るようになってから、しだいに自分の人生の主導権まで握れなくなってきたように思うのです
車の運転は、自分でハンドルを操縦して進む道を選択し、アクセルとブレーキの操作を柔軟にしながら、標識や信号に従いつつ、他の車やドライバーに譲ったり入れてもらったり調和しながら目的地へ向かう
これって人生に似ていると思いませんか?
行動フェーズだから・・という意識より、車が大好きだった感覚をもう一度味わいたいと思い、先日伊豆で借りた車を運転してみたんですね
最初はどきどきでしたが
感想は・・・
気持ちよかった~
それで、さっき書いたような、人生観を感じたのです
運転することと人生の主導権を握ることって似てるなぁ~と
自分で運転して道を選び、速度を調整して周りと調和しながら進む
こんな意識で生きると自分の中心に感覚が戻る気がしませんか?
ただし
人生に目的地はないですが
だからこそ、自分が選んだ道を正解としていく意志を持ち、決断したいですね


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