今年の12分の1が過ぎた

感情と共感

今年のお正月に会ったときは、これまでの延長で、やっぱり真っすぐ体を向けて話せないような感じがあり、挨拶の際に子どもみたいに苦手意識で身をよじってしまった。

それが先日の父の三回忌のときには、ほぼ抵抗感がなくなっている自分がいた。

兄夫婦のこと。

ほぼ、という意訳はつまり、まだ少しは抵抗ありますよ、という意味なのだけれど、
こんな感覚や感情の分量が自分で分かるなんて。
この微細なセンサーに対して、ああ、私はずいぶんと、自分を感じられるようになってきたんだ、と
やっぱり内側に向けて、メッセージを送ったのだった。

幼い頃、よく兄にいじめられた。
2歳違いの兄は、親を独り占めできていたところに私が生まれ、やきもちをやいたのかどうかは知らないが、ともかく気が付いたら私は兄にいじめられていて、常に恐怖を抱いて暮らしていた。

もみ手しながら私に近づいてきてはプロレス技をかけたりする。
兄がうちに帰ってくると、反射的に体が硬直したのを今も覚えている。

母は兄に、やめなさいとかそういう言葉掛けをしなかった。

家事でとっても忙しそうだった。

この件について母に対してはもう私の中では解消されている。

ただ兄に対しては、未だにずっと、心と体は安心できる相手ではなかったし、下手に出ないでなるべく自分を守ろうとする感覚が働いていた。

兄って苦手だ。
もしかしたら世界で一番くらいに苦手かもしれない。

上から決めつけることが多かったし、私の友人が自宅に遊びに来たときに「うるさい」とかなんとか、叱りつけられたこともあった。ともかく、私からすると、私の領域に、私の話しを聞かずに一方的に主観や正義を振りかざして介入してくる感覚があった。

兄の両親への思い込みについては、あくまでも私の想像の域を出ないけど、ともかくそのトバッチリを私が受け止めてきたのかもしれない、と今でなら思う。

私は幼いころから情緒的で、人の感情を感じやすかったぶん、受け止めていたんだろう。

自分を攻撃してくる兄にすら、気持ちに思いやりを持ったりもして、徹底した抵抗を示さなかったのかもしれない。

・・とやや湿っぽく振り返ったりするも、三回忌を終え、父以外の家族の間柄は、父なしの形にようやく柔らかくまとまりがついてきた。

家族って、こうやって再構築されていくもんなんだ。
これも、やっぱり居合わせた者すべての意識の総意だと、つくづく思う。

その総意の一部はわたしの無意識でもあるわけで、私が世界で一番苦手であろう兄に抵抗感が薄れまぁまぁリラックスできたことは、この総意に相当影響したのかもしれない。

お正月と比べたら、すごく楽しい時間を過ごしたのだから。

人のせいにしたら自分に負けだと思う。
他者と境界線が引けてないということだから。

マイナス感情をいつまでも外側の物事や人物に理由付けしていると、また同じ経験を来世でもすることになる。

それはもう辞めとこう、と潜在意識の私が顕在意識の私へメッセージを送ってきた。

もうこんな苦しい想いを二度も味わいたくない。ごめんだ。

「選択の責任」これ一択ですべて解決する、その方法を知っているに、信じて実践しないのは誰?→この私じゃないの。

正月→月末の三回忌を経て、忙しくも意識の潮目が変わった1月だった。

お父さん。みんなを再びつないでくれてありがとう。
安心して、仏様の道を経験してね。

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