加藤諦三氏の記事「つらくても一人で頑張ってしまう人」に足りない幼少期の親との経験
を読んだ。『だれとも打ち解けられない人』という本の抜粋だそうだ。
これを読んだら、あぁそうかもね~と納得することがたくさんあった
けれど、読み終わったらとてつもなく哀しい気持ちになった。
なんというか、久しぶりに胸がぐーーっと圧迫されるような、浅い息しかできずに心が少し凍る。
「偽りの自己」について解説されていた。
幼少期に母親と暖かい心の交流が持てないと、確かにそういう表われ方するよね。
だからってどうすればいいの?
心理学ってときどき残酷だな、と思う。
分析してくれて、すごく勉強になる。そうか、そんな心のメカニズムがあったんだ、と分かるし、
しんどい心模様に理由が付けられ、悩みと少し距離が生まれるのはたしかだからだ。
でも、分析してもらっても、心が軽くなるかは別かなと思うことがある。
悩んでいる本人に「頭での理解」が定着すると、あー、これってこういうことね、と公式のように理由が付けられ、そのあと腹まで降りてこなくて済んでしまう。
そうなると、問題解決は先になる。
問題は頭で解決することじゃなくて、残っている感情をじぶんで見つけてあげることなんだよね。
人は、自分で納得しないかぎり、それが正しい答えだとしても受け取れない。
例えば、ドラッグは悪だと頭で分かっていても、やめられない。
怒りは相手への攻撃だと頭で分かっていても、憎しみを感じている人の前では怒りを抑えることはできない。
どうしたって腹落ち=感情レベルでの腑に落ちが必要なんだ。
だから、じぶんで自分の潜在意識に触れるような、感情を頼りにした「問い合わせ」が必要なんだ。
悩みが深いときに心理学の分析を受けても、心は救われない。
その分析が力を発揮していくのは、本人が自分の感情に触れてから。
これは私が心から腹落ちしていること。


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