ストレスで感情が鈍感になると自分を守れない

こころとからだ

すごい我慢してきたんですよね。
子どもの頃、というか、存命中の父は最後まで、自分の中の悲しみや寂しさを『怒り』に換えて放り出していたことを父自身が認めることができず、いつ怒りだすか分からなかったし、怖い存在でした。

大人になってからは、それにどう対応すればいいのか、ほんとうに困惑するばかりで。

そういうことに日常茶飯事に対応してきた母は、ストレスでおそらく前頭葉がやられ、脳の神経細胞の伝達に支障をきたし、体の動作が次第に不自由になっていきました。

8年前、複数の検査の結果、確定できないけれども治療法を提示しないといけない医師側の不確かさも明らかだった末に、パーキンソン病(PD)ではないかとの診断がありました。

明らかなPDの様相はないのですね。

感情を強く抑制し続けていると、人は感情を感じなくなってしまうのです。

置かれた環境が自分にとって苦悩を強いられるとしても、そこで生存していかなければならないとき、人は、感情を感じないようにしてしまう。

感情を感じると、辛すぎてそこでは生きていけないですから。

母は、そこに居続けることを選択したということになります。

そして私も、そんな母を、そんな父を見ていて、似た感情体験をするような結婚生活を送ることになりました。

そうやって相手に合わせて我慢をし、感情を抑えていることに子どもの頃から慣れていたけれど、あれ?と疑問を感じることがたくさんありました。それでも相手はそういう特徴があるのだと寛大にとらえ、顕在意識ではなんとなく過ごしていたのですが、潜在意識はそうはいかなかったのです。

次第に私はストレスが内側の擁壁から漏れあふれ、卵巣が腫れていきました。
そして困難を乗り越えて妊娠・出産した後、子どもの成長に喜びより悲しみが上回り、鬱になっていきました。

その頃から私の師匠となる方の心理カウンセリングを受け始め、次第に心理学を学び始めたので、現実問題へはなんとか対応していました。

ただその数年後、ハンドバッグを肩にかけるときに左の手首が妙に痛み始めたのです。

それはリウマチの始まりでした。

同じような感情の抑制が、母は脳神経に、私は自己免疫に現れたのです。

そして私も同じように、典型的なリウマチ症状とはいえないところがありました。

わたしは自分で自分を諦めきれないところがたくさんあったものだから、リウマチ薬の処方を受けず、自然のものーサプリメントやビタミン剤ーで腫れと痛みに抗ってきました。

一時期、炎症が強く出て寝込んでしまうほどになったとき、右腕の肘から先を切断してしまいたくなるくらい、耐え難い痛みに耐えていました。

感情を我慢。
痛みを我慢。

そんな経験も誰にも言わずに我慢。

心も体も何のために在るのか、一体私は何がしたいのか、どうしたいのか、ほんとうに分からなくなってしまったのです。

でもともかく悲しいし辛いし、寂しくて仕方がないのですね。

だから私は感情を失うことはなかったみたいなのです。
ただし、それを大事にはしていなかった。
私以外の誰かがいるときーつまり、人間関係が始まると、自分の感情をないがしろにしていました。

そんな状況でも、自動的に相手を優先してしまっていました。

そんな自分をどれだけ嫌悪したり責めたりしたかな。

そうなると、またリウマチ症状が増悪するのです。

そんな腫れと痛みを本当に救ってくれたサプリメントに助けられていたけれど、高価で、たくさんお金を使いました。

ほんとうは、自分の寂しさを直視して、真正面から向き合って受け止めてあげることが必要だったのだけど、その頃はなぜか、そういう見方に出会うことがなかったのです。

師匠は、そんな激烈な体験も私が必要としていることだから、と思っていたのかな・・・

こんな振り幅の大きな体験をする必要はないので、
感情はやはり大切に扱ってあげて欲しいなと思うのです。

特に強いストレスを感じたときはショック状態であるかもしれないので、
我慢だけはせずに、注意深く、細やかに、自分の気持ちはいま、どんなふうな感じなのか、自分で聴き取ってあげてほしいと思うのです。

そしてそれを全面的に受け入れてあげてほしいのです。

体は心に連動するのは私が実証済みです。
ショック状態になったときは体が反応する(頭痛がする、心臓がドキドキする、眠れなくなるなど)でしょうから、体に従って休むなり早め早めに対処してほしいと思います。

我慢は悪徳。

なので、我慢している、と認識する手前で体の状態を基準に対処して、気持ちを全面的に肯定して受け入れる。この順番で初期のうちに自分の心と身体を守ることができます。

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