ポジティブな記憶は忘れ去られやすい

感情と共感

ときどき自分の過去の投稿を見返すことがあります。

この記事読まれているんだ、とか、逆に、あまり読まれていないんだなーとか。
または、この記事書いたときって、心の状態が沈んでいたな、とか思い出したりします。

それで最近読み返した記事に、「あ、こんな素敵な体験してたんだっけ!」というのがあったんですね。

実は、同じお相手についてその後の別記事で、めちゃくちゃ傷付いた話しを書きました。

その傷付いた出来事があまりにも大きすぎたため、それ以前のハッピーな体験を完膚なきまで忘れ去っていたのですよ。。。

この幸せな体感は、それこそ、そんな幸福感に包まれたことはなかった、、とくくったくらいの体験だったわけなのに。

人は、ネガティブな体験をしたとき、次に同じような経験をした際に自分を守るために、ネガティブな感情を記憶しておくんですね。

それが人の生き残り戦略でもあります。

だからネガティブな感情って残りやすい(というか人の機能上残しておく)し、残るから溜まりやすい。

ところがポジティブで幸せな感情って、心に残らないんですよね。

記憶するとしても、感情のエネルギーとして「溜まらない」という特徴があります。

ポジティブな感情って「軽いから」。

高いエネルギーの正体は「軽さ」。
幸せなとき、「いま、ここ」を味わい切るから、感情が残らない。

子どもが毎日、「あー今日も楽しかった!!」とばた~んと寝て、翌朝、昨日のことなんてケロッと忘れてゼロベースで新しい一日を始める、そんな感じ。

ポジティブは感情が溜まったり残ったりしないのです。

でも、だからブログ書いていて良かったな、と思ったのですよ。

まだまだマイナス感情に敏感ではあるのでしょうね。
あんなに至福の体験の記憶をかき消すほど、キツい経験を上書きしたのは確かですが、
完全に上書きしていたと気付くと、自分自身の当時の物事の捉え方を振り返りたくなりました。

もしかしたら同じことを、親を相手にやってきたかもしれないですから。

私のこと見てくれてなかった。
私を認めてくれなかった。
私を褒めてくれなかった。

そんな意識があったとして、もしかしたら、親から受け取ったプラスの記憶があったのに、親から受けたマイナス感情がそれを上書きして、幸せを無いものにしたのかもしれない。

つまるところ、今、目の前にあるものだけが真実ですから。
正直、それしか「いま、ここ」で確認できないのですよね。

実は、ポジティブな感情って害がないから、ネガティブな感情より軽んじられているのかもしれないです。

やっぱり感情はどちらも等しく自分の心の動きを知らせてくれているのであって、どっちの感情もその時その場できちんと受けとめてあげる必要があるのだろうな、と実体験として思います。

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