超久しぶりにあんぱん食べたら分かったこと

感情と共感

何年も前から耳鳴りと難聴があるのですが、先月からめまいが始まり、良性のものだと思いつつ、なかなか治まらないので耳鼻科にかかりました。

念のためMRIを撮ったので、その検査結果を訊きにクリニックへ。
診察開始から15分後に受付けしたのに、順番は23番目。
2週間前の診察のときはまだ暑くて、インフルエンザの予防接種や風邪気味の方などいなかったけれど、今日はそういった方が大勢。

これだと1時間以上も待つだろうし、待合室を出て近くのベーカリーカフェに入り、パンとコーヒーを買って席をとりました。

2度目の朝食を取りながらいつも持ち歩いているノートを開き、ボールペンを紙面に放ってぼさーっと時と場に身を任せること1時間。

わたしはグルテンをやめて、1年間以上経っています。もはやパンを食べると胃が重くなり、お腹を壊し気味になるので、パン屋さんに入ること自体が久しぶりです。

つい、トレーを取ってトングを手に。右手でカチカチ鳴らしながらパンが並ぶ棚をサーチング。
するとケシの実が乗った”あんぱん”が・・・んー輝いてる~・・食べたい。今日は食べちゃおう。食べるの許しちゃおう。

トングを伸ばして1つ載せた。コーヒーと合わせたら・・・
久しぶりすぎて、わ~~~めっっちゃ美味しいやーーん!心で絶叫しました。


「パン食べると胃が重たくなるの。分かってる。でも食べたくって食べるって幸せだわぁ」と心が返事を返してきて。

LDLが高いから、去年4毒抜きを実践しました。約8カ月。
私はこうと決めると結構ストイックにやる方です。

お正月を迎えおせちを食べた頃から、徐々に甘いものと動物性の脂を取り始めていたけれど、小麦粉と乳製品と植物油はずっと控え続けていました。

「食べたい」と思った今の感情を救ってあげて、あんぱんを食べて思ったこと。

今まで『〇〇だから××やめる』をたくさんしてきたなぁ・・・ということ。

結婚したから、友人と夜会うのをやめた
音楽聞かなくなった
文章書かなくなった
飲みに行かなくなった
海外に行かなくなった

そのあと、子どもが生まれて
母親になったから、毎食手料理作った
自分の見たいTVや映画を観なくなった
自分の洋服のショッピングをしなくなった
体調悪くても病院に行かなかった
朝寝坊しなくなった

そんな自主規制の理由を今では分かっていますが、家族を想って一生懸命やってきたけれど、自分のしたいことを次々と放棄していました。

私らしさが少しずつ消しゴムで消されていく。
自分の固有名詞が消えていく。
そんな焦燥感とか不安感をいつもまとっていたのを思い出しました。

昨日おしゃべりした友人が、この一カ月にあった新しい経験や交流の一コマをいくつか話してくれて、聞いているとそのイメージが浮かび、私もその世界に入っていそうなくらい、いいなあ~。。とふわり陶酔してしまいました。

他の人の痛みを感じることは割としょっちゅうあるけれど、ポジティブな経験を自分に取り込むような感じになるなんてなかったのですが。

それくらい、いま私は、毎日心が弾むようなことをしていない。
なにか自分が頭でっかちになったように感じていた。
感情がほとんど揺れてないもんね。

『〇〇だから××やめる』が定着していた自分を再発見しました。

人は、外側の環境や体の変化に対して、生命を維持するために「ホメオスタシス」が働くけれど、
私は、逆張りの「アロスタシス」になっていたんじゃないの?つまり、自分自身を外側へ適用させるために加工していた。

やっぱり体を使って三次元の世界に生きるのを選んで生を受けているのだから、「体験」は絶対必要。地球は行動の星。体験するからこそ体が活きて、感情が豊かになるのだから。

あんぱん食べたら心が心底喜んだのは、したいことしたから。以上。
なんてシンプル。

今日はクリニックが混んでいたから、あんぱん食べれて良かった😊

→おや?

『〇〇だから、××した』🥰に切り替わった!!!

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