均衡することの大切さ

こころとからだ

食欲旺盛だけれど、太れない、Nはどんどん痩せていった。

Nは身体の状態を確かめようと、いくつか東洋医学の検査を受けた。そのうちの一つに、体の使い方を診る検査があった。Nが腕を水平に前に出し、術者が手でNの腕を上から押さえる。Nは押された同じ強さで術者の手を押し返すというもの。

術者は少しだけ力を入れてNの腕を押した。するとNの腕はたら~んと、ただ押されるままに下がった。

押された力に完全に負けている。

もう一度やってみた。やっぱり押されるばかりだった。

腕を替え、右手でやってみた。学習効果とNの利き腕というのもあって、術者が手で押し始めると、Nは腕にぐっと力を入れ、上からの力に懸命に反発するように術者の手を押し上げようとした。

術者はパッと手を離した。すると、Nの腕は突然抑えが取っ払われた反動で、ピヨーンと上方向に飛び上がった。

力が入らないか、極端に力を入れてしまうか。

Nは、この検査の意味が分からなかった。自分がどのくらいの力を込めれば上から押される力と均衡が保たれるのか、その感覚がわからなかった。

このNの体の反応は、そのままそっくり、Nの心の反応を鏡として映し出している。

Nは最近、友人Cから悩みを告白された。なかなかの重たい話しだった。人が困っていたり悩んでいるのを放っておけない性質のNは、相手の話をとことん聞いた。ほとんど突っ込んだりせずに相手の感情に身を任せ、何時間も、トイレにも席を立たず、集中して聞き続けた。

そして、「この話は言わないで」というCの一言を大切に扱い、他の友人に何があったか聞かれても、一切話さなかった。

数カ月間、Cから状況の変化や苦しい胸の内側を告白するLINEが何度も送られ、Nは一つひとつに真摯に対応した。

ある日、Cも交えて複数の友人同士で会うことになった。

その席でCは、Nに語ってきた話をした。

NがCから直接聞くことは3回目で、この前日までずっと聞き続けている。

Nはそのとき、「Cにはずっと聞いてもらってきたんだけどね」とか、「Nには同じ話しで申し訳ないんだけど」とか、NのこれまでのCへの対応に、気遣いや感謝の言葉はなく、とうとうと語り始めた。

Nはものすごくショックだった。

これまでCの苦しみを感じて誠心誠意を尽くし、彼女の感情を波立たせないように気を配ってきたつもりだった。

Cの希望どおり、友人にCのことを訊かれても決して言わないできた。

今回の集まりだって、最初は、「こんなに苦しい気持ちを抱えていながら、平気な顔をしてみんなと会えない」と言っていたが、NがCの話に耳を傾け続けてきたら、「Nのおかげで参加できそう!」と明るい気持ちで参加することになったのだった。

そんなCの在り方を丁寧に見てきたつもりだったから、Nは強いショックを受け、心の底から傷付いた。

Cの話しは長い。1回2時間では収まらない。

この日も結局、Cの話しで終わってしまった。でもN以外は初めて聞いた話し。その重さにみんな釘付けになっていた。

Nは取り残されたような気持ちになって心身を壊し、文字通り立ち上がることができず、翌日出社できなかった。

何か月もCの気持ちを大切に汲んで対応してきた。その気持ちがこんな形に終わり、そして報われないなんて。

Cからはそれ以来連絡が来ない。

おそらくその場にいた別の友人と連絡を取り合っているのだろうと思う。

ーーーーーーー

Nはこの「腕の力の均衡」の検査で、はっとした。

そうか。私はCに肩入れしすぎて、Cに頼られるまま受け入れてきて、Cに押されるままになっていたのかもしれない。

そしてCが私から離れた。押されていた力がなくなって、ぽーんと投げ出され、心身の行き場がなくなった感覚になったのかもしれない。

じゃあNはどうすればよかったのか。

Nは、苦悩しているCに少し同情的な気持ちを抱いていて、相談してくれるCに真摯に応えたいと思っていた。そのために、自分をCに差し出している感覚もあった。

このとき、Cからの「押される力」のほうが次第に強くなっていったのを、Nは、Nの思いやりや優しい気持ちから、自分の「受け取る力」への負担を感じないようにしていた。

ここで力の均衡はとっくに崩れていた。

Nのケースは、Nの性質から相手に合わせて受ける立場を取ることが標準になっていた。

それが当たり前になっているから、力の均衡を考えたとき、押されることへの耐性が強いことがある。つまり、「押されていることに気付きにくい」。

押されることになれていて、自分の力を自動的に削いでいる。

そうした力の均衡は、心の均衡と同じだ。

NはCを「自分より力の強いもの」として扱ってきた、ということだった。

驚くことに、Nが「思いやり」だと思ってやってきた振る舞いは、N自身をCの下位に位置付けることだった。

だからCから、Nへの感謝や気遣いの一言が返ってこなかった。Cにとっても無意識な振る舞いだろうが、1対1での関係性では感謝の言葉があったかもしれないが、そこに他者が加わったとき、均衡ではなかった力が理性では利かない顕れ方をする。

ただNは、Nの視点から見えたことを語ることがすべて。

このことを腹の底から実感したNは、次第に力の均衡の感覚を取り戻し、術者との間で腕を水平に保つ感覚が分かるようになっていった。

そして食事からのエネルギーをきちんと体に取り込めるようになって、少しずつ体重も増えていった。