過去を取り返し、そして、我れ更新す。

見えてくる世界

仕事で英語を使わなくなって久しい。

父の転勤で中学卒業まで半分海外で暮らした。
英語圏ではなかったけれど、多感な時期に父が英語を使って仕事をしていた姿を見ていたから、自分もそうなるのが自然に感じられ、特にぺらぺら話す訳じゃないけど自然にそんな仕事に就いた。

海外の人と英語でやり取りするのは本当に楽しかった。
ただ、あくまでも、会社の仕事の関係上のコミュニケーション。

ある時期医療翻訳をやって、仕事で英語を使うのが、もう心底嫌になった。100ワードいくら、翻訳が速い・安い・上手い、牛丼みたいにコストぎりぎりをほふく前進させられるような世界。

自分のスキルが消耗品みたいに扱われ、消費され、合ってて当然、一語間違ったら徹底的に叩かれて、存在自体を否定されるかのような殺伐と心を荒ませる仕事だった。

だからいつしか、もう自分のために英語を使いたい、誰かの通訳、なにかの翻訳はもういいや。って思うようになった。

それで、あぁ、ずーーーっと英語使ってないなぁ・・と思いながら、自室の本棚に目を流していたら、一冊に目が留まった。

学生の頃、夏休みに留学したロンドンで、語学学校の先生がくれたペンギンブック。

カズオイシグロ氏の『日の名残り』。
読んだことがある方もいるかもしれない。

この本、実は、Ken=Kennethからもらった時、全然読む気がしなくて(なんか暗いと思って)、帰国後しばらく放った。それからしばらく経って、改めて読もうと思ったら、難し~て頭入らん・・・全然読めなくって。

先週、十何年か振りに本棚から下ろした。
もうね、ごらんのとおり、紙が薄茶けている。
読む人あらずのまま、本も年を重ねていた。


ページをめくると、Kenのメッセージが目に飛び込んできて、思わずきゅーっとなった。
懐かしい、忘れない、ロンドンの喧騒と自由しかなかった夏の日々、そしてとび色の瞳。
イギリス人らしくサッカーをこよなく愛し、手紙には必ず試合のことが書いてあったっけ。

本を持って家を出て、通勤の地下鉄で開いてみた。
そしたら、・・読める。読める!読める!!
描写を読んでいると光景が頭に浮かぶ。
セリフを読むと、登場人物の性質が手に取るように伝わる。
情感が漂い、気持ちが揺れる。

もうね、毎日通勤時に読みふけている。

なんで読めるのかって?英語力が上がったんじゃないと思う。

私が私自身に、能力使い始めたからだと思うんだ。

他の人に使ってきたスキル、能力、知力、精神力、気遣い、配慮、時間や感情。
そんないろんな形の力=エネルギーを、自分に振り向けられるようになってきたから。

歳を重ねると心身が下降する一方なんて、ないんだね。
むしろ、どんどん自分の核に時間や感情や感覚を集約させていくと、人って自然に、その人がそもそも持ち合わせている能力が開いていくものなんだ。年齢関係なく。

それがまた、とてつもなくうれしい・・・。

過去、叶わなかったことがあったとしても、
エネルギーを自分に戻したら、過去を取り返すことができる。

しかも、能力が更新する!