昨日、お彼岸のお墓参りに行ってきました。
生まれてくる前に、お腹の中で亡くなった娘が眠っています。
いつも心理の勉強会の後に寄る駅ビルの一角に、華やかなフラワーショップがあって、いつか、花を買いたいと思っていました。
一昨日たまたま立ち寄り、そうだ!と思い出して仏花のブーケを買って念願を果たし、一晩自宅のテーブルに生けて愛でたんです。
花瓶に飾り直してみると、ゴールドの菊を始め、春の息吹― 麦、桜、菜の花、小菊、スイートピー・・・。生命エネルギーが溢れ、直観で選んで正解!
朝、それをもう一度ひとまとめにして霊園へ。
一緒に伴っていると、しだいに愛犬のような、大切なパートナーといる気持ちになってきて、途中からブーケを胸に抱き上げ、「一緒に行こっか。」と心で話し掛けたりしながら向かいました。
娘の墓前に向かい、お線香立てから燃えカスを丁寧に取り除き、チャッカマンに難儀しながらお線香に火を灯して二本に立てて供えました。
周りは暖かい陽が差し、静かで誰もいません。
昨日水上げと花瓶に生けるために花の枝と茎を切ったので、もう一度向きや高さを整え、一本ずつ調べながら花を供えました。
こんなふうに、自分を時空に預けていたら、次第に涙があふれ。
悲しみの再発・再燃ではなくて、こうしてじっくりと自分の感情を感じ、墓前に向き合うことが「初めて」できたことに気が付きました。
そうしたら、心の奥底に沈みこんだままでいた「何か」が、浮かびあがってきたんだと思います。
このことは、新しい発見になりました。
つまり、
私が私とつながること=私の感情を感じ、受け容れることが、一番自分を癒すことになる、ということ。
もちろん、それをパートナーと一緒に出来たらいいです。
その前に、やっぱり自分自身を愛すること、慈しむこと。
悲しいときも嬉しいときも、いつも。
娘への気持ちを纏ったブーケ。それを携えていた感覚は、まさにそうでした。
そうやって、感情が昇華し、浄化され、喜びに変えて、人は人生を生きていけるんですね。
それを教えてくれた、2025年のお彼岸でした。