感情の「ゆらぎ」を感じ切ると現象は転換する

感情と共感

今日もブログにお越しくださり、ありがとうございます。

昨年、重症なインフルエンザにかかったあとから、憑き物が落ちたように心の軽さが続いています。

焦燥感に駆られたり、満たされない気持ちになることはあるけれど、それに気が付いて、「重たさ」を切り替えられるようになってきました。

先週2冊本を読みまして、うち1冊に、こんなことが書いてあって、あ!と腑に落ちたんですよね。

”ひどいインフルエンザにかかったけど、治ったら他の病気が消えてしまった。・・・風邪をひくことで、マイナスのエネルギーが安全に昇華されてしまうことが多い。”

パラレルワールドの歩き方
ケルマデック

流れを変えたいとき、無意識的に、日常に「ゆらぎ」を作るみたいです。

その「ゆらぎ」は、どうしたって惰性が働きやすい日常を揺らすのだから、大抵、起きることは一義的には「悪いこと」。

個人レベルでは「インフルや風邪」。

電化製品が壊れるとか、今まで使っていた身近な物が突然なくなり、そして唐突に出現するとか。

大きなゆらぎになると、文字通り、地震、火山の噴火、異常気象・・・

表面的に、ネガティブな現象が起きたとき、悲しんだり、悩んだり、怒りを感じたり、心が波打って乱れますよね。

現実は、「事象」と「感情」がセットで現象化しています。

このとき、ネガティブな現象をどうにかしよう、解消したい。そう思って、じゃあどうすれば問題が解決できるか、と発想すると思います。

考え出したやり方で問題が解決して、ネガティブな感情も一緒に消えてしまうことが理想の結果です。

実際には、表面的に問題は解決したのに、感情が残ってしまうことってないですか?

例えば、のストーリー。

ビルの出入り口ですれ違いざまに相手とぶつかり、相手の持っていたコーヒーが私のシャツにかかった。私はこれから商談に出かける。なんてタイミングなんだろう。困った。怒りも感じる。それなのに相手はすぐに謝罪しなかった。(なぜ?相手は自分がぶつかられたと思ったから。)急いでいるし、ひとまずクリーニング代を支払ってもらおうと思った。そう伝えると、相手はしぶしぶ財布から500円玉を出してきた。私は受け取り、気持ちがすっきりしないままその場を後にした。

または、結局、問題は解決しないし、負の感情もそのまま、ということも多いのでは(上のストーリーだと、相手に何も言えずにそのまま去った、とか、どうしよう・・とフリーズして相手の出方を待つとか)。

同じようなパターンで苦しい現象が繰り返さているとしたら、そこに本質的な課題が隠れているかもしれないです。

そんなとき、起きたことについてどうこうしようと「思考」しないでいいです。ただ、湧き起こった「感情」を見つめてあげてください。あなたが本当に求めている本質的な目的は、「感情を感じること」。

なぜなら、「感情」が、現象化したその「ゆらぎ」を起こしているのだから。

感情=意識、と言い換えられますが、意識が現象を作っています。
そして人は、マイナスの感情にどうしても向いてしまうもの。それは、恐れの感情が、生命の根源的な生き・死に、に端を発しているから。

今年の7月に、そんな「ゆらぎ」が日本に起こるウワサがあるのを知っていますか。

この国にそんな負の感情が蓄積されていて、それを解消するために「ゆらぎ」を起こすとしたら。

そんな予言的なウワサがあるのも、一人ひとりが内側に過去のいくつもの慟哭を抱え込んでいるからだとすれば、そんな自分の感情を「感じ切って」受け止めてあげることが、今、とても重要ではないかと思っています。

自分のために。そして、皆んなのために。

感情はただ、感じることを体験するもの。
ヒトだけができる、人間たる唯一のこと。

もしあなたにキツい事柄が起きているなら、感情に良い、悪いはない、あなたの感情をそのまま感じて、受け容れてあげてくださいね。

受け容れることそのものが、意識をポジティブに転換させます。

そのポジティブさが、「ゆらぎ」ではない、その意識に見合った現象を創り出します。