感じ切った先に、「本当の自分」に出会える

感情と共感

人の顔色を伺ってしまう。人が気になって話が頭に入ってこない。人に気を遣ったり、つい合わせてしまう。自分の意見がなかなか言えない。

そういう性質は普通誰にでもあるもの。
他人をまったく気にしない人はいないですよね。

ただ、自己主張できない自分はダメだ!と心の中で否定したり、なんで自然にいられないんだろう、と自問自答しながら、表面的に明るく振舞っている自分に嫌悪感を抱き始めたりすると、心の泉に、気孔を埋めるかように、自己卑下という名の重量ある墨汁が溶け広がっていきます。

現状、「本当にやりたいことが分からない」から、会社でつまらない仕事をやり続けていることも、感覚としては同質かなと思います。

息苦しく、そして生き苦しい。

悩みますよね。

「本当の自分」を取り戻したいー。
そう思ったとき、パッと晴れやかで、まっさらな心になった光輝く自由な自分!
みたいにイメージしませんか?

ついに、「『本当の自分』になれた自分」が、晴れて、「本当にやりたかったこと」に巡り合う。

そういうことを夢見ていると思うけれど、実際そういうことってあるんですよ。

翻訳が必要だけれど、そのポイントは、「本当の自分」や「本当にやりたいこと」を見つけようとしているとき、『どこに気持ちが向いているか』。

観察してみると、自分の外に外に、探しに行っていませんか?

心の中はいつも留守。
内観しながら、心はおざなり。

現実で生きることが苦しいのに、自分の内側を視ることと現実を生きることを、なぜか徹底して分けて、内側の自分を「自分のために、密かに取っておく」ようなことをしていませんか?

苦しいくせに、自己を明かさない。大切に大切に、心の深部に巣を作って、ひっそりと「本当の自分」を温め続けている。温めるどころか、熱球か、さもなくば液体窒素の煙に一点がジリジリと焼かれるような、そんな慈愛と自傷の両面を抱えている。

それが文字通り、暖められて溶解していくには、感情を直視すればいいんです。

今、どんな気持ち?寂しい?辛い?焦ってる?自分が社会で価値がないと感じて苦しい?

そんな感情の一つ一つに、ろうそくに火をつけるように、ポッと明かりを灯してみて。

書き出したり、声に出したり、スマホのメモ帳に残したりして、自分の内側から出てきた感情を、そのまま手のひらの上に生み落とす。見るんじゃんなくて、「視る」。

その感情が、「本当の自分」の源なんです。

そして今。どんな感覚?頭が重い。心臓がドキドキしている。胸がきゅっと締め付けられる感じ。心地いい、軽やか、ゆったりしてる、落ち着いている、安心だ・・・

そんな感覚も一緒に感じて、まるごと受けとめて。純粋に、感情や感覚を感じるということをしていないと思います。感情を味わうことは、どんなご褒美よりも至上最高の慈しみを自分に贈ることです。私自身、まっすぐに感情を受け容れることで、どれだけ泣いたか分からない。

子どもの頃の写真があまり好きじゃなかった。それが、なんて屈託のない、澄んだ笑顔をしているんだろうと、この頃の自分の尊厳から回復して、立ち上がっていったように思います。

ちょっと時間がかかります。やったことないことなんだから当たり前ですよね。
けれどその時間は、あなたが人知れず頑張ってきた時間だし、その時間そのものが、あなたがあなた自身へ癒しのギフトを与えられるこの上ない時間になります。

あの時、ぞんぶんに感情を受け容れることをやって、本当によかった・・・。

必ず、あなたはそう思うはず。

私は今年に入って、さまざまなコミュニティに参加しています。苦手意識が強かったのですが、そういうことへの抵抗感を、積極的に越えています。

この週末も、久しぶりに心理の勉強会に飛び入り参加。そして、加入している生協の総会にも初めて出てきました。

人の中にいるとき、ふと、人を気にしていない自分に気が付きます。
「そういえば、いつの間に、人のことまったく気にしなくなったな」って。

そして次第に、「本当の自分」についても、一切考えなくなります。

ただ、その場に居ることを楽しんでいるだけです。

それが、「本当の自分」です。

感情を感じることは、「今を生きる」ことにも直結しているんですね。

音楽的に言えば、気分はクレッシェンドしたり、デクレッシェンドしたり。スタッカートやテヌートが曲調を豊かにします。
絵画的に言えば、感情はすべてはグラデーション。同じパレットの上に色彩の花を咲かせます。

そのすべてが、あなたです。

焦らないで。安心して、すべてを感じ切って、あなた自身に出会い直しましょうね。

I love you because you are you.