父親の一周忌を迎えました。
父の在り方は、私のアイデンティティに強い影響がありましたので、いつか書こうかなと思いますが、今日は別の話。
当日、住職の説法で、とても興味深い話がありました。
仏教の考え方で、死後~四十九日までの期間、人の魂はこの世からあの世へ旅をするとされています。7日ごとに7回、生前の行いの裁きを受け、最後の裁きで神様の住む世界へと向かう場合。
釈迦の後継者・如来になるまで、どのくらいかかると思いますか?
なんと、
56億7千万年!!
・・・そんなに長いこと修行するの!?
私が心の底から驚愕したのは、ここから。
この時間。地球の寿命と同じなんだそうです。
昔、地球の寿命(=太陽の寿命)なんてわかるはずもなかった時代。如来になるまでの期間と地球の寿命がほぼ同じなんて。
・・・仏教観・・・すごいなぁ。。
なにか宇宙につながった感じがしませんか。
住職の話で、ハッとしたことがありました(こっちが本題)。
四十九日までの7週間、7回のステージで7人の仏様に逢い、裁きを受ける。
それぞれの仏様は、それぞれの段階に適した目的を持っている。
いきなり、最上階の弥勒菩薩に審判を受けるわけではありません(間違ってたらお許しを)。
それって、意識の在り方を問われることと、同じではないかな、と。
人はそれぞれの道順でさまざま経験し、その都度自分の内面と向き合って成長していくとしたら、それぞれのステージで課題が変わり、自分の意識の在り方を見つめ直して、次のステージに向かう。
それを、受け身で捉えると、「裁かれる者」。
それだと少し、だいぶ、怖い。
ですが、私が感じ得た感覚は、「教えを提供する側」の視点。
例えいま、自分は「まだまだ。。。人に〇〇を教えるなんて」
と未熟さや力不足を感じていたり、
「だからもっと勉強しないと!」とあらゆる分野を網羅するように、すべて理解しなくちゃ!と努力しようとしているなら、
それはいきなり「如来」になろうとしているってこと。
つまり、
56億7千万年かかるよってことです。
そうなれたとき、どこにいると思います?笑
でも、今のあなたのステージでの教えを必要としている人は、大勢います。
三途の川を渡ったあと、四十九日を迎えるまでのように。
だから、今のあなたが、giveできることをしてね。
そんなメッセージだと受け取りました。
神様だって段階と役割があるなら、人だって同じだと思いませんか?
あなたの光で、周りを照らしていきましょうね。